|
藤原さんが書くような随筆(エッセイ)は、小説を読んだ後の感想のようにはいかない。書いてあるものが、「そのままそのとうり」だから。 「この部分のこの解釈がよかった。」と、書き出す感じになってしまう。今回の本「乳の海」でも、それぞれについて著者独自の見解が述べられていて興味深い。 <童謡「せいくらべ」>_”柱の傷は一昨年の〜” 米人は物に霊や人間の心が籠もる、という感覚は希薄 日本人は、自然に支配され、その懐深く溶け込んで暮らしてきた農耕系民族。 動物、植物を始めとし、無機的な鉱物に至るまで、世界の万物に命を感じそれを信じてきた。_アニミズム的。 外の世界こそ自分以上に自分の存在を満たし、証明する物であるかもしれない。自分の根拠を外に持ち、自然を神格化する。という形で神も自分の外に持っている。→外に手を合わす。西洋人は神と自分とが同じその肉体に同居している。→胸の前で切る十字=自分の身体に理念や観念の神が宿っている。 「せいくらべ」は、ある過去の自分が、その物体に投影され、自分の霊がそこに籠もっていると感じている。 [自分の肉親、親しい人の死。それが悲しいのは、生前その人との様々な関わりの中で、その人のなかに投影している過去の自分が、その人の死と共に消滅するからではないだろうか。 そう思った。] 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 <筑波症候群の主婦>_筑波に越してきた主婦の心の変化__ 自分の存在を証明し、満たしてくれる外部が不毛。真っ白。歴史の匂いも無い。自分を投影すべき過去形も無い。真っ白い空間の中に入れられて、自己失認の不安に駆られている被拷問者。ホワイトボックスに入れられ、不安からやがて恐怖や神経症を持ち、発狂する。 これに対して著者はこう捕らえ、分析する。____ ・筑波学園都市など、新興住宅地は贅沢になる反面、人間の整理に反する構造。 ・住宅の画一化への反動。個性を表す建物で一軒一軒スタイルが違う。本当は、住居スタイルは民族によって画一化である事の方が自然。 ・個性というのは外面の形ではなく、その画一空間に長年住み続けることによって家に付着する、その家に住まう人間の臭い、癖、センスに育まれる種類のもの。 孤独より空疎なもの。悲しみを覚える自分が流す涙というより自分が空白な事によって、もっと深い所から来る、無意識の痛みの涙 この状態で陥りやすい行動は、”子供こそが自分を自分たらしめる唯一のもの”__と、子供から離れられない親になる。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 <その母親の子供> 洋服を母が買い、リビングで着せてくれ、微笑んで満足そうな顔をすると、僕も満足だった。 ・何処かへ出掛けるのに、何を着ていっていいか分からない。箪笥の中を全部引っ張り出し部屋中に広げ、鏡を見ながらとっかえひっかえ着替えた。それから定期的に偏頭痛が起こるようになった。 ・のろまと学校で虐められる。__ママが僕のやる事を全部してくれる。服も食べ物も、欲求を持つ前に全部叶えられている。人から動けといわれても筋肉とか神経とか、すぐ言う事を聞かない。 これは軽度の自閉症__外からの抑圧から自分を保護する為に自分を閉ざす。 __全てが満たされている為、何かに対する飢えや、欲求が生まれてこない。自発性がない。 重度になるとゾウリムシのように体を動かすのを止めてしまう。 まるで、’白桃’__果物の中でもナーバスで傷つきやすい。果実は袋掛け。白くなり始めると、ちょっと触れただけで斑点になる。外との接触を絶ち、外気に触れずに半熟成。 まるで、核家族の一人っ子。それも、帝王切開で出てきた子。産道を通ってきていないので’赤子’(赤く)ではない。 その後、管理(自分が生まれて最初の創造物である’ウンチ’まで)、自我が希薄。 ・今の服(女みたい)女が逃げ出さないように相手の服を選ぶ。子供、恋人、夫婦でも。 選ばれるのは、赤ちゃん風、清潔感のあるミルクっぽさを基調としたもの。 ・昔の中国_纏足_女が男から逃げ出せないように子供の木靴をはめて長年飼育。 体は成長、足が子供、まともに歩けない。精神は子供のまま成長停止。それを可愛いと思い、美学になる。 ・ぬいぐるみ、ペットが象徴する物。母の代用と共に赤子の代用。 女性は生理〜生理が無くなるまで延々と空白の子宮への不安と脅迫に苛まれる。生理前後に心理が不安定になるのは、空白の子宮の中で精子に出会う事のない卵子が自己破壊の不安に苛まれる。 外部に向けてカタルシス調節する行動がヒステリー。面白い事にギリシャ語で「ヒステリア」=「子宮」が語源。 筑波大学マニュアル「大学生活を10倍充実させる方法」 1.自分であっと思うほどのドレスアップをして街に出掛けてみなさい。 1.コレクトコールでママに電話してみなさい。 1.友人とホームパーティーを開いてみなさい。 1.鏡に向かって100面相して御覧なさい。 一人で本当に寂しくなった時思い出して、馬鹿馬鹿しいと思いながらやってみる。気分はちょっと紛れるが、前より恐ろしいほど淋しくなってくる。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 <感情のコントロール> 新人類は感受性が鋭くなっているのではなく、退行している。 例えば、映画を見て涙を流す事が多い。ロックで気絶するようにふらふらし、気絶。など、内分泌物質の流れを適正に制御出来ない。→忘我状態。憑依。 これには、脳内の伝達が関っているらしい。 ・<痛みの場合>__痛みを感じる→「エンケファリン」というホルモンが誘発される。(これはモルヒネの化学構造と同じ。モルヒネは、阿片から精製された痛感遮断効果を持つ 向精神薬)→シナプス(中継点)→中枢神経系 人間の脳内には他の向精神薬(麻薬も含む)の構造にそっくりのホルモンが随所にいる。 ・<快感の場合>__気持がいい時の快感のホルモン「ノルアドレナリン」が分泌される。→これを快感抑制の「アセチルコリン」が調整するのだが、抑制が効かないと、ノルアドレナリンが垂れ流しになり、自己を失い、行動のコントロールが効かなくなる。 この傾向が新人類には見られる。コンサート等でのアナウンスでマナーを押し付けるのは今や当たり前だが、これには、大勢の抑制の効かない無意識が、突然外部に向かうのを止める為。であると言う。 各家庭の一人ひとりにTVがいきわたり始める頃、奉るように高い位置にあった物が段々と床に近く、インテリアの一部に。(ペット化?) 若い子の部屋のTV 11〜14インチ。これは女性の子宮サイズ。TVは外部に持った子宮であり、一切の現実や生き物が受胎 只でさえ、現実での葛藤や抵抗を知らぬ虚体感覚を持つTVの中の模擬現象を現実と摩り替える倒錯を身につける。 レム睡眠REM rapid eye movement(半覚醒状態) 夢を見る 人間の所有する時間の中で最も感受性の研ぎ澄まされている時間帯。その状態の中で人は外部の情報を受け入れる。 中枢神経系や脳細胞を既に活動させ始めているにも拘らず、未だ「私」は眠りの中に。その「私」が希薄なことで、レム睡眠状態の中では外部からの情報を無選択に在るがままに自らの中になだれ込ませる。 赤子と同じ。(自我の領域が築かれていない。日常の大半がレム催眠の中) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 これらの例えを纏めて彼は言う__ 人間は、その起源からひ弱な動物。二本足で立つという’演技’、木から降りるという’演技’、演技の道はメビウスの輪のように、人知れず、いつの間にか現実へと反転している。 現実に飲み込まれまいとして仮面をつけたその仮面が、今度は自分を飲み込み始めるのだ。そう、自らの尾をくわえたヘビ、ウロボロスのように__と [よく藤原さんは戦後の高度経済成長をへて日本が作り出してきた社会が、様々な所に歪みを残しながら先へと進んできたことを記していて、それを知らない私達の世代に教えてくれる。] http://www.fujiwarashinya.com copylight sato/side-car All rights reserved. 乳の海 (朝日文芸文庫)
|
| << 前記事(2008/01/19) | ブログのトップへ | 後記事(2008/01/24) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
いつも感心するのですが、このスピードで読書をなさっているのですね!すごい読書量です。私も本が好きですが、(特に心の内面に関した本)日常で本だけ読んでいるわけにはいかず、雑事の合間にする読書です。そうなると集中力に欠けて、このように一まとめの文にするということがなかなか出来ません。 |
arara 2008/01/23 20:16 |
araraさんこんにちは。「読書量は・・」と言えるほど読んではいないと思いますよ。読むのも遅いですし。それよりararaさんの方が凄いと思うのですが。アオザイさんのところのサークルやご自分のブログ。その様に飛び回ろうとするにも楽しんでされている様で。自分は余裕がないと言いますか、籠もってしまう方なので、羨ましいです。 |
sato 2008/01/24 10:35 |
| << 前記事(2008/01/19) | ブログのトップへ | 後記事(2008/01/24) >> |