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zoom RSS 「日本の古典50冊」 〜後半〜 (知的生き方文庫 三笠書房) 阿刀田高/監修

<<   作成日時 : 2009/02/21 23:06   >>

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後半は枕草子から

「枕草子」---清少納言 平安周期の随筆家。和歌や当時男が学ぶ漢学をも修めた。
橘則光と結婚 30歳くらいの時 一条天皇の中宮だった定子に仕える。宮仕えの生活を中心に綴る。
[をかし]__興趣があって心を惹かれる、素敵。

定子に読ませる為のお妃教育の書?生活のすべてについて「相応しい有り様」にこだわった生活哲学。
清少納言は美は存在するものだと考えるのでなく、美を発見するのは人の感性だと考え重要視した。

「徒然草」---鎌倉後期 兼好法師 [吉田兼好(かねよし)、卜部(うらべ)兼好]上下ニ巻の随想録。
「つれづれなるままに 日暮し 硯にむかひて 心にうつりゆくよしなし事を そこはかとなくかきつくれば あやしうこそ ものぐるほしけれ」
意)これといってすることも無く退屈なまま、終日硯に向かって心に浮かんでは消えるたわいも無い事を、とり止めも無く書き付けていると、自分でも良くわからないが物狂おしい気がする。

・永遠の世というものが合ったら「もののあはれ」も無い。「世は定めなきこそ いみじけれ」_この世は無常だからこそ素晴しいのだ。
・むしろ男女は別々に暮らして時々女のところに通うほうが長続きする。
・「花はさかりに 月はくまなきをのみ みるものかは」_桜の花は満開だけを、月は雲のない時だけを観賞すべきだろうか。
・「男女の情もひとへに逢い見るをば いふものかは」_恋愛とは逢って契りを結ぶ事だけを言うものだろうか。雲に隠れた月の様子が趣深いように契らずに終った辛さや儚い逢瀬を恨んだりする事が恋の興趣。
・「家の造り方は夏を主とするのが良い。冬はどんな所でも住める。暑き比わろき住居は耐へがたきことなり」_暑い時期に住みにくい家は我慢できないものだ。

枕草子がお妃教育のテキストなら、こちらは酸いも甘いも噛み分けたおじさんが新入社員に人生を説いているような本。

「おくのほそ道」---江戸中期の俳人 松尾芭蕉の代表的紀行文。
伊賀の農家に生まれ籐堂家に近習として仕えていた時、俳諧と出会う。江戸に下って俳諧の宗匠に。
※桃青、風羅坊などの別名あり。

李白、杜甫、西行など旅に死んだ先人の跡を慕って旅に出、行く先々知り合いの俳人を訪ねながら西行が歌を詠んだ場所に立って俳句を詠む。それを記したもの。

平泉で義経を守った弁慶らを偲び「夏草や 兵どもが 夢の跡」
藤原清衡、基衡、平衡 三代の納める光堂 「五月雨の 降りのこしてや 光堂」
意)全てのものを腐らせるという五月雨も ここだけは降り残したのだろうか。幾百年の風雨に晒されながら光堂は燦然と輝いている。

羽黒山 月山を見て 象潟
松島は笑ふが如く、象潟は恨むが如し__と形容。

最後長崎を目指したが、途次で倒れ大阪の宿で生涯を閉じた。
辞世「旅に病んで 夢は枯野をかけ廻る」

「伊勢物語」---平安前期のプレーボーイ 在原業平の華麗な恋の遍歴を綴った歌物語。
・からごろも 「から衣 着つつなれにし 妻しあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」
・筒井筒 「筒井筒 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざる間に」

「方丈記」---鴨長明が人の世の無常を綴った 鎌倉時代の随筆。
1212年藤原氏から平氏へ、そして源氏へと政権が移る激動の時代。大火、つむじ風、飢饉、疫病が襲った。

「ゆく河の流れは絶えずして 、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて久しくとどまりたる例なし。世中にある人と栖とまたかくのごとし」
意)ぎっしりと家が立ち並んだ美しい都の景色も、天災や人災などで一変して水面に浮かぶ儚い泡と変わらない。

「朝に死に、夕に生るるならひ ただ水の泡にぞ似たりける。不知、生れ死ぬる人、何方より来たりて 何方へか去る」
意)朝誰かが死んだかと思えば、夕方にはまた誰か生まれるという人の世の習いは、まったく水の泡と変わらない。生まれてきて又死んでいくという人間というものは、いったい何所から来て何所へ行くのだろうか。

「人を頼めば、身、他の有なり。人をはぐくめば、心、恩愛につかはる。世に従へば身くるし。したがはねば 狂せるに似たり」
意)他人の力を借りれば自主性を失って、自分が他人の所有物のようになり、自分が他人の世話をすれば、心が愛情に振り回されてしまう。
不本意なのに世間の常識や習慣に従えば苦しい思いをするし、従わなければ正気でないように見える。

夏目漱石の名言
「知に働けば角が立つ。情に棹差せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住み難い。」(草枕)

日野外の庵 
四季の移り変わりも楽しめ、人との付き合いが無い。修行を邪魔するものも無く、言葉による悪い行いを犯すことも無い。自分にとって心安らぐ住まいである。と、自足の日々を送る。しかし「何事にも捕われるなら」という仏の教えに、’この庵での生活に執着しているのは罪と言うべきではないか。’と自問し、答えを見出せないまま鴨長明は筆を置く。

天変地異、政変により、それまでの栄華が崩れ去る様を見た長明の無常観は、バブルの崩壊によって経済大国の実像を思い知らされた現代の日本人にとって示唆するものが少なくない。

////芭蕉の作品は1字が持つその先の幾つかの感情の展開を探しながら1句を読み解いていかなければならないようで、難しい。
有名な句を沢山残し、相当頭の切れる人物だったのだろう。

その点、方丈記は(自分の場合)一気に文の中に入り込める。しかし見方によっては’人生の嘆き’を哲学のように問いかけている様でもある。[この様なものだがどうなのだろう?]と。そして思うのは[人間界に生まれて目の当たりにしていく事への対処は、智慧を磨く事を知らずに六道の中をずっと行き来してもがいているのだな]と感じるばかりである。
これも高校の古典で習ったはずだが内容を気に留めて読む切欠を与えてくれたのは、藤原新也氏の「東京漂流」だった。

前半に載せた「万葉集」と「古今和歌集」等の作られ方の違いは白洲正子さんから教わった。忘れてしまっているので読み返してみよう。////

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