藤原 新也  「名前のない花」続き~

~前回に続く~  <日本人の甘いチベット観>
2002年?ダライ・ラマが訪日。NHKに出演。100分のインタビュー番組のインタビュアの一人として、出演依頼が来る。他に宗教学者の山折哲雄さん。日本では中国に気を使いダライ・ラマをメディアは使わない。というか、暗黙の不文律がある。ダライ・ラマと同席する=中国側のブラックリストに名が記される=今後、入国できない事も。

この企画は始め、元NHK会長の海老沢さんとディレクターの二人だけが知るものだった。
海老沢会長は、失政の非難を浴びNHKを去ったがこの時、骨のある人だと思った。
この番組の放映後、すぐさま中国と日本の友好を目的とする団体からの定期刊行物が来なくなった。

////「へ~、NHKでダライ・ラマ。こういう映像はやはりNHKだろうな。」そのようにしか感じなかった。個々が覚悟を決めて判断を下し、成り立っていた番組だったとは。知らないと言う事は恐ろしい。////
<ロンドン---トウキョウ 直行便にならなければいいが>
オリンピックは西欧を発祥とする優れて西欧的な(キリスト教の)お祭り。開催第1回 ギリシャのアテネを始め、殆んどの開催国が西欧諸国。他は東京、ソウルぐらい。

<群れなす感情増幅の時代>
TVメディアから送り出される情報。画面にテロップ、音楽、司会者、出演するタレントの表情やリアクションが、メインの画面とサブ画面から垣間見れ、これが増幅効果として受け取られる。一人のインタビューの回答に衣を着せられる。

この現象はここ5,6年、エスカレートの一途。視聴率競争だけではなく、1995年以降のネット環境で生まれた、情報の重層化、倍速化。
世の中に流布される情報が人間の消化する量と速度をはるかに越え、情報飽食、氾濫状態。その結果、外部情報と感情を融合させる大脳皮質の反応能力が非常に鈍くなっているように思う。消化不足で更なる枯渇。
送信側のメディアはあらゆる手段で増幅信号を送り続ける。→ブログ炎上→一夜で灰と化す日常。他の事件、事故のニュースも、皇室報道も同じ。

<愛国心と愛民心>
国が愛国心を望むなら、愛民心を見せるべき。
働こうと言う気のある若者がうまく働けない。指先一つで一部のIT長者が生まれる反面、多くの若者は派遣社員、契約社員の使い捨て雇用システム。フリーター非難もあるが、この劣悪な労働環境が彼らを生んでいる。

////先日TVで、妻と別れ、家を飛び出し、公園やネットカフェで10年過ごさざるを得なかった40代の男性が取り上げられていた。
派遣で週5日働く時もあれば、3日でいいと言われる事や、いきなり解雇されることも。電車代、カプセルホテル代も出ず、住民票も無い為、次の職が簡単には見つからない。(前にsatoの誉れニュースでもワーキングプアという関連記事あり)彼は堪りかねて、以前ネットで見かけた団体へ連絡し、今はそのNPO法人の計らいで、アパートに住み、仕事へも行ける様になった////


<貯める臆病と捨てる勇気>
戦中、戦後と物不足の時代、飢えの強迫を体験した者が、日本人の勤勉さと合間って高度成長を生んだ。若い世代はこれを知らないがDNA似は引き継がれていて、あの何でも取り出せる’ドラえもん’は子供から大人まで楽しめる「飢えの記憶」が作り出した、憧れを形にしたもの。////この考えは面白い。////

////モノがあると落ち着く。引越し先など、まっさらな空間にお気に入りの写真立てやポスターを一枚貼るだけで、自分の居場所になったようで落ち着けるものである。
ゴミを集める老人、片付けられない主婦、そのような人をワイドショーで見たことがあるが、「他人への迷惑」を取り除いて考えれば、これも依存症で、対象物がそれだった、と言うことになるだろうか。////

////何処かの記事に書いた記憶があるが、日本では弥生時代に入ってから、サボる為に明日の分の食料まで取り、それを、何日分、何か月分と蓄えようと蔵が出来たのだという。蓄えたものを見て盗む者が現れ、取り締まる者が現れ、モノを貸すものが現れ、そうして今日の人間社会の原型が作られていった。////


これだけモノが溢れている世の中で、’片付けられない人’でなくともゴタゴタした物を捨てなければ、人間の自由な行動、発想は生まれない。

<泣きなさい、笑いなさい>
日本のオバサマがたのターゲットとなった’ヨン様’彼を追って、ヌーの大移動のごとく東奔西走するさまが連日のTVに映る年があった。この様子を彼は冷静に分析している。

引きこもり青年が親殺しをするように、親の期待、世間体に押しつぶされた者が取った行動。その子供達以上に「個人」を放棄し、父親の分まで役割を背負い耐えてきた主婦達。子育てを終え、子供との擬似恋愛の元から、微笑で迎えてくれる一人の青年に自分を放った。それに、’言葉が通じない相手’と言うことが’幻想’を生み、のめり込む度合いに拍車をかけたのではないだろうか。
これは「浮気」ではなく「セラピー」。ヨン様に走った主婦の家族関係は円満になった。とも聞く。

////いつの世も、映画スターや歌手、アイドル、アニメのキャラクターと、憬れの対象は存在してきたのだろうが、気になるのは’○○王子’と呼ばれて人気になったスポーツ界の新人は、ヨン様を追いかけていたオバサマがたの次のターゲットとして持ち上げられたのでは?と浮かんだ事だろうか。////

<選挙ポスター>
「各党の選挙ポスターを見ての意見を聞きたい。」読売新聞からの依頼があった。一目見るなり「目が死んでる」曲がりなりにもモデルなのに。どうしてそうなのか。目線の先に目標物がないから。それなのに過剰なポーズは逆効果。
////やはり写真家の視点は違うな。////

<いじめという集団の自傷行為>
イジメる側、イジメられる側も、終わりのない競争原理と抑圧の中で疲れきっている。受験管理教育という名の”強制収容所”の密室で喘ぎ、心が病み、歪み、イジメでガス抜き。リストカットと同じ自傷行為。堅固に構造化してしまった教育のあり方を根本的に変えない限り、その場のいかなる対処療法でもイジメや自殺は消えないだろう。

////虐めのテーマで幾つか記事を書いたが、いじめられる側には、昔であれば、「少し汚い格好をしている」「先生に媚を売ってる」「うそつき」など、虐められる理由があったが、今は至ってフツーの子が対象になり、虐める根本の理由が無く、又、ほんの些細な事で対象者が変わったりするそうだ。心を病んでいる者達にとってはゲームであり、心に健全さを持った者が対象者になった時に悲劇が起きるのかもしれない。この事は学校に留まらず社会に出てからもある。全く、生き難い世の中になってきたものだと思う。////
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名前のない花

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