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zoom RSS 藤原 新也  「ディングルの入江」 vol.3

<<   作成日時 : 2008/09/03 23:47   >>

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第八章 〜続き〜
____吟遊詞アマギン
 あの島の村が出来て間もない頃、島にやって来たと伝えられる若い不思議な詩人。カヌーで流れ着き島に居ついた。島の人のように勤勉に働く事はなく、日々自分が食べていける程度の僅かな食べ物を採って暮らし、島の人の働く邪魔をした。
 遠くの島で見聞きした出来事を物語風にして語り始める。始めはみんな迷惑がっていたが話は仕事の手を止めてしまうほど面白かった。

アマギンがやって来ると時間の流れが変わる。アマギンがやって来て話し始めると今度こそ聞くまい、と思うが魔法のように引き込まれ仕事の手を止めた。
アマギンは長い話しをした後、いつもその物語の最後に一片の詞を吟じ、うっとりさせてその場を去った。アマギンが島にやってくる以前は、島の人々は寸暇を惜しんで働く事しか知らなかったのだが、アマギンがやって来てから前よりも少し怠け者になった。そして世の中に今まで知らなかった別の時間があることを知った。人々はその新しい時間を使ってアマギンの様に詞を吟じたり物語を作ったりして遊ぶようになった。ブラスケットのような小さな島で語りの芸術が盛んになったのは、彼がその種を播いたせいだといわれる。何千もの民話を語ることが出来たあのペイグ・セイヤーおばさんも、元はといえばアマギンの化身のようなもの。

アマギンは人々が前より怠け者になって詞を吟じるようになるといつの間にか島からふっといなくなった。
 彼はカヌーを漕いであちこちの島に渡り歩き、一つ一つの島の時間を変えていった。使命感でやっていたのではない。彼は只自分がやりたい事をやっていた。彼の語った物語や詞は、まるで遺伝子のように人の心の中に生き続けた。

もう一人、グィーという7種類の楽器を操る名手は、島の人に楽器の作り方や音楽を教えたのだが10年も経たないうちに病に冒され亡くなった。
しかしグィーのおかげで音楽を楽しむ歓びが分る様になった。

3日暴風雨が続けて吹き荒れていた時ヨットの残骸、その中に少女が死んでいるように居た。
島の長、モイラ夫人の家。溺れた漁師を生き返らせる名人。何人かの若いふくよかな体の女性を素裸にして発熱を促す薬草入りの熱いポセット酒を飲ませる。彼女達をベッド上に寝かせて、その上にウバ鮫の肝油を体に塗った。裸の少女を横たえた。それから裸になったほかの女性が少女を抱くように添い寝した。ただ温めるだけではなく、人間の生命力を皮膚を通じて分かち与える。モイラは体温が僅かに伝わり始める頃から心臓にマッサージを施し始める。そして少女に口づけをして何度も息を吹き入れた。
 生き物の多くが満ち潮時に生まれるように、満ち潮時の月の引力は人が命をこの世に引き戻すのを助けてくれるらしい。死神の宿る引き潮時には次の満ち潮時まですっと耐えねばならない。少女は嵐が収まった翌日の朝、満ち潮時に奇跡的に息を吹き返した。

その少女がプーカ・ラファティー。少女は記憶を失っていた。モイラ62歳で死去。プーカはモイラが亡くなった翌年アンガスと島を離れた。

第九章
それから断続的に手紙のやりとりが3年程続いた。それからいつしか途絶え10年が経った時、エレン・オレアリーというひとからエアメール
「ハリエニシダの花をテーブルに飾って欲しい。」と。
「僕がその季節を外して来たら?」
「不思議ね。彼女はあなたがハリエニシダの花の咲く季節にやって来る」って言った。キャンバスに1977という文字が。それは私とプーカが出会った年号。'77年のディングル訪問から3年経てアンガス老人が亡くなったとプーカから手紙が。その亡くなる2日前ベッドの下の小さな小箱、それは私がブラスケット島にやってきた時、一緒に流れ着いたもの。8ミリカメラと現像されたフィルム。それをプーカが亡くなる1週間前程前にこの部屋で見た。

・映っているのは男と撮影者。会話している。ノートびっしりと書かれたペン書きの文字その横に植物を描いたものらしいスケッチ

・犬がテニスボールを銜え撮影者がそれを遠く投げるそこに少女、そして女性。

・ケイン・マックルーに似た男。イリアンパイプス。アイルランドの古い楽器左の頬に大きな傷痕。その前に少女プーカが座っている。

そして船出の映像。船尾の壁に白い文字「」セイレン」---このセイレンは美しい歌声絵で船乗り達を惑わせ死に追いやるギリシャ神話の乙女。
「なぜこれを舟の名に。」
船の中の生活。料理中の女性がつけている首懸けのエプロン。雛菊の刺繍の淵どり、男はシイラをぶら下げて歩いてきた。足が悪いのか男は片足を軽く引きずっている。左頬に斜めに走る傷痕。

一連の映像は、あの若い植物学者が遅い結婚をし、長い年月の後家族を伴って再びブラスケット島の言葉の変化の調査に向かっている。おそらくそのような状態で撮られたものではないのか。そうだとすればプーカはあの青年の子供ということに。

エレンが言う。
「世界はどこまでも不思議なくらい繋がっているものですね。あのシャムロックの花のリースのように。」
オフェーリア
「偶然の出会いは一瞬の事です。その後の何百倍、いや何千倍もの時間によって培われる関係が、その偶然という幻に確固としたかたちを与える。」


////この小説でアイルランドに興味を持ち、北欧の音楽。伝統のもの、エンヤを足懸りに女性ヴォーカルのもの、ウエスト・ライフなどのバンドも聞くようになった。
有名なギネスビールは、置いている店に入ると注文するようになった。(まだ、フィッシュ&チップスは食したことがないが)
 そして、ケルト民話、ゲール語についてはまだ、しっくり来るような文献にたどり着かず、何も分らずにいるが、「知れば面白いぞ。」と言われている気がする。

この一冊には心に留めておきたい大切なものが沢山散りばめられていると感じる。
押し付けがましいが、何人かにプレゼントした本でもある。
教科書とは行かないまでも「西の魔女〜」のように、推薦図書になってもいいのでは?と思えるほど人にとって大事な事が描かれているから。

人は皆不完全。それを補う為に何かを捜し求める。
人は誰かに会ってどこに進むの過を選ぶ。無意識のうちに。
「全ては印」そう、その誰かに合う事は「宿命」としてもう決まっている事かもしれない。その人(指標)に会って、何かを感じて、自分が何であるかを知ること。
あらゆるものは関連を持ってリングとなって繋がっている。
   そのような事を教えられ、考えさせてくれる。

〜人は何もない時幸せが解る〜    〜人は夢を見つけると周りのちっぽけな事がなんでもなくなる〜
嬉しい事があると自分のことのように喜び、誰かが苦しんでいると皆がその人の為に体を張って助ける。そんな風に生きる島の人々。この世の’ティール・ナ・ノーグ’

トルストイの晩年の思想が反映された民話「人は何で生きるか」__この文中にもこの様な記述がある。
’全ての人が生きているのは、我が身の事に心を砕くからではない。人は他の人々の愛によって生かされている。共に生きる事によって始めて自分に必要なものを知り、又それを知ることによって他の人々をも満たす事になる’

人を恐れ、仮面を被って生きる現代人は、「他人を通して自分を見る」ことを忘れてしまう方向に進んでいる。自分を曝け出して馬鹿を見ることはしたくない。
おかしなプライドを保つ為に自分を囲うのは大事な事だろうか?
興味を持つ方は読んでみるといい。////


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