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help リーダーに追加 RSS 小原 信 「出会いの人間学」

<<   作成日時 : 2009/01/14 23:21   >>

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この著書の中には常に心に留めておく必要のある文面が多数書かれている。目を通せば「そうだなー。」と思うのだが、何せ忘れっぽいので何度も繰り返し目に触れておかないと成長しないだろう。この本と会ったのも必然として生かしていかなければと感じている。その部分を少し取り上げてみる。

・出会いは自分だけではなく相手も変わる。

・たった一瞬の出会いだけでその人がその後何時までも感動し続けるのは稀。
人は絶えず違うものと出会い続ける必要がある。その意味では人は絶えず次の新しい出会いを待ち受けながら生きてゆく必要がある。

・ゴッホ、ミレー、ドボルザーク、シェーンベルク、孤独のうちに書き進めた人がいるから、淋しいと言うわけでもなかった事に倣した。

*自分の内側にあるものがしっかりしていれば人はどんな所でも、何でも出来る。・大切なのは早くであったか、では無く、本当に出会ったかどうか

出会い---めぐり合い、ひらめき、感動、終結ではなく起点。
異質なものと一瞬のうちに波長が合う事、他者を介して自己と出会う事。自己の発見、心の通じ合い。
言葉では開明できない強力な現実、全身的な揺さぶり、ただの出来事ではないこと。

・感動はいつもその時一度限りの出来事。

・ソクラテスは、対話は心理や可能性を生起させる有力な方法。探求、学ぶ事---「想起する」
人々に心理を想起させる「きっかけ」を提供。一方が他方に刺激を与え相手を啓発すればよいとだけ見る人。
対話を重んじた人だが、土地や木々は何も教えてくれない、といってアテネの城壁の外には出ようとしなかった。

・前からどこかに少し萌芽としてあったものが新しく芽を出してくると、かつてはなかったものがそこには生まれてくる。そういうことに気づきながら日々を新しく生きる日、意図に退屈は無い。

・出会いの無い人は生きているとはいえない。出会いの後どういう形でその出会いを身のあるものにしていくかが大切。

・ソルケは「神々の話」の中で「本当の話しを知っている人が、何時までもそれを心に秘めておけると思いますか。ダメでしょう。話は独りでに広まっていくものですよ。」といっている。それが真実で又それが衝撃を与えるものなら人はそれを自分の声で語らずにはいられなくなる。自分がそういう内側からほとばしるものを持ってさえいれば、周りの人に何かが伝わっていく。人と人との関係が疎遠になる中で必要なのは、’何故そうなったのか、でもこれからどうなるのか。’でも無い。
’これからの自分をどうしていくか’なのだ。

出会いの後、具体的な状況の中で、自分がその状況の主となって今この状況から新しく出直していくことである。その際、この私は何をすることも自由であるが、試された自由を十分に発揮しながら新しい生に対して勇気を持って新しい性の可能性を切り開いていく他ない。

・この私に代理人はいない。誰と何を一緒にしていても孤独である事に変わりはなく、それがオリジナル。

・精神分裂症の患者たちは愛とか有常というものの意味に感応できない。

・待つ人のいる人生には希望がある。我々の孤独を救うものは自分を必要とする相手を持つ事である。

////何らかに生まれ変わるなら、その何かでいる間起こる事に意味があるのか?
誰かに伝えたいという気持ちが沸いてくるのは何故か。////


[リスポンス---応答、モノローグ---独白、ディアローグ---対話。]

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